東京都は5月27日、武力攻撃事態などに備える国民保護法に基づき、23区内の計109の地下施設を緊急一時避難施設に指定すると発表した。109施設のうち、105施設が都営地下鉄と東京メトロの地下鉄駅だが、その多くが小さな駅である。その理由とは。(鉄道ジャーナリスト 枝久保達也) https://diamond.jp/articles/-/304282

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[MARKOVE] ミサイル攻撃を想定し 一時避難施設を指定  朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)のミサイル実験が今年に入って加速している。直近では5月25日の早朝、北朝鮮西岸付近から大陸間弾道ミサイル(ICBM)を含む少なくとも2発を発射し、いずれも通常より高い角度で打ち上げるロフテッド軌道を描いた後、日本海に落下した。  こうした状況を受け、東京都の小池百合子知事は5月27日の定例会見で、「あってはいけないことだが、何をするか分からないというような隣国があるのならば、その想定も広げていくというリアルな判断だ」として、武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律第148条第1項の規定に基づき、23区内の計109施設を緊急一時避難施設に指定したと発表した。  緊急一時避難施設とは、ミサイル攻撃等の爆風や破片などの被害を軽減するため、1~2時間程度の一時的な避難施設であり、既存のコンクリート造りなどの建築物や地下街、地下駅舎、地下道などの地下施設のことを指す。  内閣官房によると緊急一時避難施設に指定された施設は2021年4月1日時点で5万を超えており、東京都でも学校や福祉施設、運動施設などが指定されている。内閣官房は2025年度末までを集中的な取組期間と位置付け、指定を促進するとしている。" "そうした中の追加指定。東京都総務局総合防災部防災管理課は、今回の指定個所は数年前から検討していたものの、今年に入ってロシアのウクライナ侵攻や、北朝鮮の相次ぐミサイル実験などの事態の緊迫化を受けて、緊急に取りまとめることになったと説明する。 [/MARKOVE]

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[MARKOVE] 指定された地下鉄駅に 小さな駅が多い理由  注目すべきは、今回指定された109施設のうち55施設が都営地下鉄、50施設が東京メトロの地下駅だということだ。例えば、都営浅草線は馬込、中延、戸越、五反田、高輪台、宝町、浅草橋、蔵前、本所吾妻橋の9駅。銀座線は田原町、稲荷町、末広町の3駅、丸ノ内線は新大塚、御茶ノ水、淡路町、新中野、東高円寺、新高円寺、南阿佐ケ谷、方南町の8駅だ。  浅草線を代表する駅といえば日本橋や新橋、銀座線であれば上野、銀座、丸ノ内線なら大手町、東京、新宿などが頭に浮かぶが、今回指定されたのはなぜか小駅が多い。銀座線の田原町、稲荷町、末広町は階段を下りてすぐに2面2線の相対式ホームがある地下浅く、狭い、小さな駅だ。非常時の避難という意味では心もとない。  これについて都に尋ねると、今回の指定はできる限り早く指定をするために他の鉄道事業者や地下施設と接続するなど調整を要する駅を避け、単独駅を中心に指定をしたが、今後は協議が整い次第、主要駅も追加する方針だという。また23区には東急田園都市線渋谷~用賀間など私鉄の地下駅もあるが、地下鉄以外の鉄道事業者とはまだ協議を行っておらず、今後進めていきたいと説明する。  しかし地下駅とはいえ何の専用設備もない空間に逃げ込んで、弾道ミサイルから難を逃れることはできるのだろうか。  都はミサイル攻撃がどのようなものか(核弾頭なのか、通常弾頭なのか、1発なのかなど)「想定は困難」であり、施設の安全性・効果性を個別に確認したものではないと説明する。地下への避難は、ミサイルの着弾時に生じる爆風と破片の直撃を避けると生存率が高まる、という一般論によるものだ。  そうなるとどこの駅に逃げ込んでも結果は同じである。実際、内閣官房は「弾道ミサイル落下時の行動に関するQ&A」で「避難する際には、避難施設として都道府県知事に指定されている建物又は地下施設に避難しなければならないのでしょうか」という問いに対し、「避難施設として指定されているかどうかにかかわらず、近くの建物(できれば頑丈な建物)の中又は地下施設に避難してください」としている。  ではなぜ特定の地下駅を避難施設として指定されるのか尋ねたところ、避難施設があることを事前に周知する目的と、施設管理者と避難時、避難後の対応について事前協議を行うためだという。どうにも緊張感があるのかないのかよく分からない話である。 [/MARKOVE]

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[MARKOVE] 危機感をあおるより 危機への備えを  振り返れば2017年4月29日早朝、北朝鮮が同年6回目の弾道ミサイル発射実験を行った際に東京メトロが一時、全線で運転を見合わせたという「事件」があった。当時の報道によると、東京メトロは同年4月中旬にミサイル発射の報道があった場合、運行をいったん見合わせて安全を確認する手順を決めたばかりで、実際に弾道ミサイル発射の報道を受けて運転を見合わせたのだという。  韓国軍の当時の発表によると、北朝鮮がミサイルを発射したのは午前5時半頃だという。ミサイルは間もなく爆発して国内に落下したが、仮に通常軌道で日本を標的とした場合、あるいはミサイルの不具合で日本国内に落下する場合、おおむね発射から10分以内に着弾する。発射後の報道を見て電車を止めても、ミサイルは既にどこかに落下している。  なぜこのようなことになったのか。国から何かしらの働きかけがあったのか、打ち気にはやる担当者がいたのか、筆者が東京メトロをちょうど退職する前後の時期で真相は分からないが、結果として都心に「非常時」は演出された。その後、東京メトロは全国瞬時警報システム(Jアラート)のみを運行停止の判断基準とすることに改め、同様の事態は発生していないが、どうにも後味の悪い話である。  危機に備えることと、危機感をあおることは全くの別物だ。例えば大地震に備えて家具を固定したり食糧を備蓄したり、地震が発生した際は物が落ちてこない、倒れてこない場所に避難するなど、命を守るために必要な準備がある。 [/MARKOVE]

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[MARKOVE]  他国からの武力攻撃にしても、Jアラートがミサイルの着弾までに数分でも数秒でも時間的猶予を作ってくれるのであれば、緊急地震速報と同じように効果的な取り組みといえるし、その際は爆風が直撃しない場所に避難すれば命が助かる可能性が高いことを知識として伝えるのも重要な備えである。  しかし、いついつに大地震が起こるという偽予言と同じように、あたかもすぐにミサイル攻撃があるかのように、あるいは目の前で起こっている事態が重大な危機に直結するかのように喧伝する人には別の意図があると疑った方がよい。  ちなみにウクライナで市民の地下鉄への避難が度々メディアに取り上げられているが、地下鉄を防空壕(ごう)代わりにしたのは第1次世界大戦中のロンドンが最初である。戦前の日本でもロンドンの事例は関係者には広く知られており、地下鉄銀座線を空襲下にどのように「活用」するか、国会でも議論されている。その経緯と結末に興味がある方は、拙著『戦時下の地下鉄』(青弓社)をぜひご覧いただきたい。 [/MARKOVE]
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