本当に必要な指標とは?:人的資本経営を、“バズワード”としか見ない企業の残念さ 組織変革の切り札とするには、何を指標化すべきか?

https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2209/13/news063.html

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[MARKOVE] 本当に必要な指標とは?: 人的資本経営を、“バズワード”としか見ない企業の残念さ 組織変革の切り札とするには、何を指標化すべきか?  企業の経営者や人事担当者の間で、近年「人的資本経営」というキーワードが注目を集めている。その名の通り、企業で働く“人”を経営資源としてだけではなく“資本”として捉え、適切な投資を行うことで企業価値を高めていこうという考え方だ。  既に海外では投資家が投資判断を行う際の検討材料の1つとして、企業が開示する人的資本経営に関する情報を重要視するようになってきている。日本国内においても、経済産業省が2020年9月にいわゆる「人材版伊藤レポート」を発表し、その中で人的資本経営に関する取り組みの重要性を説いたことから一気に知られるようになった。 「流行っているから」と飛びつくようでは、“バズワード”で終わる  それ以来、大手を中心に人的資本経営に対する取り組みをアピールする企業が増えてきた。しかし、博報堂コンサルティング執行役員/HR Design Lab.代表の楠本和矢氏は、こうした取り組みが果たして本当に実効性があるものなのか、以下のように疑問を呈する。  「現在ちまたで言われている人的資本経営の定義は、おしなべて総論に終始しているように見えます。その具体的な内容を見ても、従来の人材戦略の考え方から劇的に変わっているという印象は特に受けません。  従って、自社にとって本当に実効性のある取り組みへとつなげる努力を怠って、単に『流行っているから』という理由だけで飛び付くと、最終的には一過性のバズワードで終わってしまう可能性もあります」  では「実効性のある取り組み」につなげるためには、企業は一体どのような姿勢で人的資本経営と向き合うべきなのか。同氏は「投資家から求められているから」「お上から言われたから」という受け身の姿勢で臨むのではなく、むしろ人的資本経営が世の中で大きく取り上げられていることを「組織変革のチャンス」と捉え、人材戦略を大転換するための“ツール”としてうまく活用すべきだと提唱する。 [/MARKOVE]

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[MARKOVE] 実行性のある取り組みにつなげるには──企業は何をすべき?  なお同氏によれば、企業が人的資本経営に取り組むに当たっては、1つだけこれまでにはなかった新たな施策を実行する必要が出てくるという。  それは「改善KPI」の開示だ。  「人事関連のさまざまな取り組みをきちんと指標化して、それを『改善KPI』として外部に公開するとともに、内部でもこの指標を基に人材関連のさまざまな課題の解決に取り組みます。  人材版伊藤レポートで取り上げられていることもあり、将来的にはこのKPIの公開が何らかの形で義務付けられるのではないかとの臆測もあります。そうした背景もあり、『後継者準備率』『女性管理職比率』など、人的資本経営を意識したKPIを開示する企業が少しずつ増えてきています」(楠本氏)  ただし同氏によれば、その多くは、ISO30414で掲げられている内容を、表層的に捉えてしまっており、実効性に乏しい印象を受けるという。改善KPIを組織変革の契機としてうまく活用するには、さまざまなステークホルダーがその企業と付き合うべきかどうかを判断するための「先行指標」として機能させる必要があると同氏は言う。  なお、ここでいう「ステークホルダー」とは、具体的には以下4つのプレイヤーを指す。 顧客  製品やサービスの成熟化が進んだ今日において、消費者が製品・サービスを選択する際には機能や品質、価格だけではなく、その製品・サービスを使用したり提供元企業にコミットしたりすることで「社会に貢献できている」「環境に配慮している」といった付加価値やストーリーが得られるかどうかを重視するようになっている。その点、提供元企業が人的資本経営に力を入れている、すなわち「“人”にきちんとフォーカスを当てている」ことを企業として明確に示せれば、顧客に対して大きくアピールできる。  「多くの消費者は自身もまた会社組織で働いていますから、その企業が社員ときちんと向き合っている事実は、近年取り沙汰されることが多いカーボンニュートラルやダイバーシティーのような取り組みと同様、もしくはそれ以上に、顧客にとって共感できるはずです」(楠本氏) 投資家  投資家が「その企業に投資すべきかどうか」を判断する際、これまでは「売上高増加率」「経常利益増加率」「1株当たり利益」など、主に財務面のKPIが判断材料とされてきた。しかし楠本氏は、こうした指標よりもむしろ人的資本経営に関する改善KPIの方が、その企業の将来の成長力を見極めるための先行指標としてはふさわしいのではないかと指摘する。  「財務KPIの多くは実績ベースの『遅行指標』ですが、企業活動の原点たる“人”がきちんと採用できているのかそれとも辞めているのか、人材育成策がきちんと講じられているかどうかといった点をKPIとして開示できれば、その企業の潜在的な成長力を示す先行指標として投資家に対してポジティブなインパクトを与えられると思います」(楠本氏) 求職者  採用活動において自社の魅力を求職者にアピールするために、最近では「早期退職率」「社員増加率」「女性管理職比率」などの指標を提示する企業も増えてきた。しかしこうした断片的な中間指標よりも、「その企業は社員一人一人の「働きがい」や「キャリア」に向き合おうとしているにきちんと向き合っているか」「社員個々人のポテンシャルを引き出そうとしているか」といったポイントをKPIとして明示できれば、求職者に対する大きなアピールになる。  「こうした情報を開示するには労務データが必要になりますが、得てして人事部門の中でも採用担当と労務担当の間には壁があって、なかなかデータを融通し合えない実情があります。しかし、特にブランド力に劣る企業が自社の魅力を求職者にアピールするにはこうした指標の開示は極めて有効ですから、ぜひセクショナリズムを克服して採用活動で労務データを活用できるようにするべきです」(楠本氏) 社員  社員に「この会社は社員一人一人のことをちゃんと見てくれている」「この会社でこれからも長く働きたい」と感じてもらうためには、単に自社の価値や魅力について定性的なメッセージを社内向けに発信するだけでなく、人に対してきちんと投資していることをKPIで定量的に示すことが重要だと楠本氏は述べる。  「会社と社員の間のエンゲージメントをアンケート調査で可視化する『エンゲージメントサーベイ』が多くの企業で実施されています。この取り組み自体はとても有意義だと思いますが、今後人材の流動性が高まっていく中、優秀な人材に今後も自社で長く働いてもらうためには、人材への投資がもっと具体的にイメージできる改善KPIの開示が求められてくると思います」(楠本氏) [/MARKOVE]

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[MARKOVE] 具体的にどのような切り口で改善KPIを設定・開示すべきか  では、具体的にどのような指標を改善KPIとして設定・運用して開示するべきなのか。単に「これまで社内で測定してきたから」「ISO30414で定義されているから」「他社が開示しているから」という理由だけで安易にKPIを設定すると、どうしても断片的な数値が脈絡なく示されるだけで終わってしまい、その企業が取り組む人材戦略全体を誰もが直感的にイメージできるようにはならない。  そうではなく、「まずはどの企業にも共通して存在する人材戦略上の大きなテーマに直結するKPIを開示し、それに連なる形でその企業固有の課題の分析に基づいた中間指標が位置付けられるべきです。実際には、それっぽい中間指標を開示して自己満足に浸っているケースが多いように見受けられますが、それでは何の意味もありません」と楠本氏は強調する。  では「どの企業にも共通して存在する人材戦略上の大きなテーマ」とは、具体的にどのようなものを指すのか。同氏は以下の5つを挙げる。 人材の採用  「いい人材を採れたかどうか」は、その企業の将来性を占う上で極めて有効な先行指標となる。採用に関する指標として多くの企業が「採用人数」を開示しているが、これは人材の“量”は示せるものの“質”を示すことには必ずしもならない。  「企業が期待するスペックの人材を採用できているかどうかを定量的にアセスメントする方法は、いくらでも考えられます。そうしたデータを『期待採用率』のような形で指標化して開示できれば、いい人材をきちんと採用できていることや、人材のアンマッチングを防ぐための手だてを講じていることが社内外に対して示せます」(楠本氏) 人材の定着  いくらいい人材を採用できたとしても、自社に定着することなく次々と辞めていってしまうようでは、やはりその企業の先行きは明るいとはいえない。そのため、「定着率」「離職率」といった指標を開示することには大きな意味がある。ただしこうした指標の開示や運用を実効性のあるものにするためには、「人材が離職の決断に至る前に、会社としてどれだけ有効な手だてを打てたか」をいま一度見直す必要があると同氏は指摘する。  「社員が『辞めます』と言った時点で何か手を打とうと思っても、遅すぎます。そうした事態に至る前に、人事部門の担当者やHRBP(Human Resource Business Partner)などが業務の現場まで降りていって、社員とコミュニケーションをとりながら一人一人のコンディションや思いに寄り添う活動が重要だと思います」 人材の育成  「人材が順調に育っているかどうか」もその企業の魅力や成長力を見極める上で重要な観点だが、昔から人材育成の効果を可視化するのは困難だといわれてきた。しかしこれも、例えば社員が受講した研修の内容をきちんと理解できているかどうかアセスメントを行うなど、定量化する手段はさまざま存在する。特に技術スキルは定量化・可視化しやすいため、「近年多くの企業が開示している『DX人材の数』のような指標は、比較的可視化しやすいといえるでしょう」(楠本氏)。 生産性の向上  その企業が人的資本経営に取り組んだ結果、どれだけ生産性の向上につながったかを指標として示すことも極めて有効だ。これを示す指標としては「労働生産性」が一般的には広く知られているが、現状ではこれを開示している企業は比較的少なく、かつその算出方法もまちまちだ。従って、自社で新たに指標を設定・運用する際には、自社の事業の実態をより正確に反映でき、かつ組織単位できちんとモニタリングできるKPI設計が求められる。 価値の創出  これまで挙げてきた「採用」「定着」「育成」「生産性向上」などの施策の結果、最終的に社員一人一人がきちんと価値を生み出せているかどうかを「新事業の創出数」「改善の提案数」などといった指標で表すことができれば、その企業がボトムアップでイノベーションを創出するカルチャーを持っているかどうかを判別する材料になり得る。  近年では大手企業が「新製品寄与率」「新製品売上高比率」といった指標を業務報告の中で開示するケースが増えてきており、イノベーション創出の取り組みを可視化する指標として注目を集めつつある。 [/MARKOVE]

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[MARKOVE] KPI至上主義に走るあまり「人の幸福感」が置き去りになっては本末転倒  真に実効性のある人的資本経営への取り組みを実現するためには、これまで述べてきたような改善KPIに関する数々の取り組みが鍵を握るのではないかと楠本氏は述べる。しかし同時に「指標は決して万能ではないこと」「指標に表れない重要な事柄も多く存在すること」も十分考慮に入れておく必要があると同氏は指摘する。  「例えば先ほど挙げたような指標のスコアが軒並み高くて、実際に生産性も高く次々と新しいことを生み出しているにもかかわらず、その会社で働いている社員はあまり幸福感を感じていないようなケースも十分考えられます。こうした定性的な感覚はどうしても数量化しにくいので、KPI至上主義に陥ってしまうと大事なことを見落としてしまう恐れがあります。真に重要なのは『人の幸福』ですから、その点は決して忘れるべきではないと思います」(楠本氏) [/MARKOVE]
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