https://diamond.jp/articles/-/309714
[MARKOVE]
日本では労働力不足が課題と言われている。労働力不足という言葉は、困ったことのように聞こえるが、企業経営者にとっての課題なのであって、労働者にとっては望ましいことともいえる。そうした視点から労働力不足のメリットについて考えてみたい。(経済評論家塚崎公義)
低成長でも労働力不足にあえぐ理由
日本経済はバブル崩壊後の長期低迷期を脱していないが、それでも第2次安倍政権下で実行された経済政策「アベノミクス」によって経済成長を目指す中で、労働力不足となった。そして、いわゆる“新型コロナ不況”から緩やかに回復しつつある今、再び労働力不足が深刻化しつつあるようだ。
従業員が新型コロナに罹患したり、濃厚接触者となって隔離されたりして出勤できない、という足元の労働力不足も話題となっているが、本稿では新型コロナウイルス感染拡大の収束後について考えていきたい。
アベノミクスで低成長下の労働力不足が発生した背景は、少子高齢化である。現役世代の人口が減る一方で、高齢者の人口が増えれば労働力が不足するのは自然なことであるが、それ以外にも理由がある。それは、高齢者の需要は医療や介護など、多くの人手が必要となる労働集約的なものが多いからだ。
そうであれば、今後も少子高齢化が続き、基調としての労働力不足は深刻化していくだろう。実際、新型コロナ不況からの回復の足取りが緩やかであるにもかかわらず、たとえば日銀短観(日銀が定期的に実施している企業に対する大掛かりなアンケート調査)の2022年6月調査によれば、雇用人員判断の項目で過剰という回答の比率はわずか6%、不足という回答の比率は30%で、不足という回答の方が24%ポイント大きい。これは20年6月調査の「過剰=16%」「不足=22%」で、過剰と不足の差6%と比べると大幅な改善であり、コロナ前の20年3月調査によれば数値はそれぞれ「過剰=5%」「不足=33%」、過剰と不足の差28%であったから、おおむねコロナ前の水準まで戻ったと言えるだろう。
理屈で考えれば
労働力は不足するはずがないのだが
理屈で考えれば、労働力は不足するはずがない。労働者を募集しても応募がないならば、従来よりも高い賃金で労働者を再募集すれば良いからだ。マクロ的に考えても、需要と供給の一致する価格(労働力の価格である賃金)が実現すれば、定義からして需要と供給は一致するはずだ。
つまり、労働力不足であるのは「賃上げ不足」だからであって、賃金が上がれば労働力不足は解決するわけだ。
「経営が厳しくて賃金を上げる余裕がない」という企業もあるだろうが、そうした企業には事業の縮小や退出を含めて検討してもらう必要があるかもしれない。筆者のことを「冷たい」と感じる読者もいるだろうが、冷静に考えれば、それは仕方のないことだ。
「足りない」ということは、その分、誰かが我慢をしなければならないということだ。「賃上げできずに労働力不足に苦しんでいる企業がかわいそうだから、何とかしてあげたい」と思う人は多いだろうが、そのためには他の企業から労働者を移動させる必要があり、そうすれば他の企業が同様のかわいそうな目に遭うだけである。
では、誰が我慢するべきなのか。
誰かが我慢しなければならないならば、高い賃金が払える効率的な企業よりも、高い賃金が払えない非効率な企業に我慢してもらう方が理にかなっているし、日本経済のためでもあろう。
労働力不足は
労働力余剰よりはるかに望ましい
労働力不足という言葉は、困ったことのように聞こえるが、企業経営者にとって困ったことなのであって、労働者にとっては望ましいことである。失業のリスクが小さいし、賃金が上昇する可能性も高い。
特に、パートやアルバイトといった非正規労働者の時給は上がりやすいだろう。正社員は賃上げしなくても辞めないが、非正規労働者は時給を上げないとすぐに辞めてしまうからである。
最も恵まれていない失業者がいなくなり、次に恵まれていない「ワーキング・プア(非正規労働者として生計を立てている人々)」の生活が改善するのは、素晴らしいことではないだろうか。
労働力不足になると、ブラック企業も存続できないだろう。「辞表を出せば失業者だぞ」という脅しで従業員を酷使しているような企業にとって、従業員が容易に転職先を見つけられる状況は“災難”といえるからである。
また、労働力余剰の時には政府が失業対策としての公共投資を行うことで財政赤字が膨らみかねないが、労働力不足であればそうした支出は不要である。
上記を総合的に考えれば、労働力余剰よりも労働力不足の方がはるかに好ましいことは明らかであろう。
筆者としては、労働力不足という否定的な語感を持たない別の言葉を使うべきだと考えているが、センスが乏しいので良い案が思いつかない。「仕事潤沢」「求人過多」では今ひとつだろうから、今後も適切な用語を探すこととしたい。
労働力不足なら
最低賃金の引き上げは妥当
最低賃金が今年も引き上げられることになったが、労働力不足の現状を考えれば妥当であろう。経営者が自主的に賃上げを行わず、低すぎる賃金で労働者を雇おうとしていることに気づいていないのだとすれば、強制的に賃上げをさせて労働力不足を解消する方向に導く方が良いだろう。
また、経営者の中には、低すぎる賃金であることを知りながら、「情報弱者の労働者が安すぎる賃金であることに気づかずに応募してくれるだろう」といった期待をしている経営者もいるかもしれないので、そうした募集を許さないためにも最低賃金は引き上げるべきである。
もっとも、最低賃金は不況期には失業を増やしかねないので、要注意である。最低賃金を失業率次第で柔軟に引き下げることができる制度にしておかないと、「一度引き上げた最低賃金が引き下げられないので、次の不況期に失業が増えても賃金が下がらない」といったことがないようにしていただきたいものである。
本稿は、以上である。なお、本稿は筆者の個人的な見解である。また、わかりやすさを優先しているので、細部は必ずしも厳密ではない。
[/MARKOVE]